「ICERが1,500万円/QALY以上」と公表されたとき、その数字だけで薬価の引下げ幅を判断することはできません。
薬剤師が実務で確かめたいのは、どの患者集団を何と比べた評価なのか、価格のどの部分が調整され、いつから適用されるのかです。
資料は「対象集団 → ICERの区分 → 調整対象と例外 → 価格と適用日」の順に読みます。
日本の費用対効果評価は、保険収載された医薬品などの価格調整に使われる制度です。
評価結果だけで、個々の患者さんへの使用可否を決めるものではありません。
この記事では2026年の通知と中医協資料を確認し、最後に職場で使える7項目の共有シートを載せています。
公式資料を探す操作から確認したい場合は、厚労省の告示、通知、疑義解釈の探し方も参照してください。
もくじ
ICERとQALYの意味
QALY(質調整生存年)は、健康状態の質と生存期間を組み合わせた効果指標です。
たとえばQOL値が0.6で一定の状態が2年間続けば、割引を考慮しない単純な計算では0.6×2=1.2 QALYになります。
QOL値が変わる場合は、時間に沿った変化を反映して計算します。
ICER(増分費用効果比)は、比較する治療に対して費用がどれだけ増え、効果がどれだけ増えたかを示す比です。
効果をQALYで測る場合、単位は円/QALYになります。
ICER=(評価する治療の費用-比較する治療の費用)÷(評価する治療のQALY-比較する治療のQALY)
仮に増分費用が100万円、増分効果が0.2 QALYなら、ICERは500万円/QALYです。
これは計算方法を示す架空の例で、特定の薬の評価ではありません。
効果の差がゼロの場合などには、この割り算だけで分類できません。
2026年度版ガイドラインでは公的医療の立場を基本とし、分析対象集団や比較対照技術を設定します。
費用と効果には原則として年率2%の割引を適用するため、実際の評価は薬剤費の単純比較より複雑です。
評価条件や不確実性の確認は、論文の批判的吟味とも共通します。
出典:C2H「費用対効果評価の分析ガイドライン 2026年度版」(2、3、4、8、12、13と用語集)。
中医協が公表する9つの区分
取扱い通知の6(1)は、中医協総会で分析対象集団ごとのICERの区分と患者割合を公表するとしています。
9区分のうち、数値の範囲で示すものと、効果と費用の関係で示すものを分けて読みます。
| 区分 | 通常の取扱い | 総合的評価で配慮が必要とされた場合 |
|---|---|---|
| ① | 効果が増加し、費用が削減される(ドミナント) | 同じ |
| ② | 効果が同等で、費用が削減される | 同じ |
| ③ | 200万円/QALY未満 | 同じ |
| ④ | 200万円以上500万円/QALY未満 | 200万円以上750万円/QALY未満 |
| ⑤ | 500万円以上750万円/QALY未満 | 750万円以上1,125万円/QALY未満 |
| ⑥ | 750万円以上1,000万円/QALY未満 | 1,125万円以上1,500万円/QALY未満 |
| ⑦ | 1,000万円/QALY以上 | 1,500万円/QALY以上 |
| ⑧ | 効果が同等で、費用が増加する | 同じ |
| ⑨ | 効果が同等で、費用が同等 | 同じ |
配慮が必要とされた場合に変わるのは、500万円、750万円、1,000万円の境界です。
それぞれ750万円、1,125万円、1,500万円になります。
200万円/QALYの境界まで一律に1.5倍になるわけではありません。
一方、ICERの具体的な数値が一切公表されないわけでもありません。
通知6(2)は、知的所有権等に配慮したうえで、国立保健医療科学院がICERやQALYの値などを含む報告書や学術論文等を作成、公表すると定めています。
区分は中医協資料、詳しい分析はC2Hの評価結果というように、資料の役割を分けて確認します。
出典:厚生労働省「医薬品、医療機器及び再生医療等製品の費用対効果評価に関する取扱いについて」(2026年2月13日)(6(1)、6(2))。
ICERの区分から薬価の引下げ率は直接決まらない
薬価算定基準の別表12では、まず価格調整の対象部分を決めます。
同じICER区分でも、算定方式、加算、原価の開示度、収載時期、患者集団の割合などで結果が変わります。
| 主な区分 | 調整対象の考え方 |
|---|---|
| 類似薬効比較方式 | 画期性加算、有用性加算(Ⅰ)または(Ⅱ)の加算部分 |
| 原価計算方式で開示度50%以上、かつ有用性系加算の対象 | 有用性系加算部分 |
| 原価計算方式で開示度50%未満 | 営業利益に対応する部分。2022年3月31日以前の収載品などには別の取扱いがある |
有用性系加算部分などに係数βを用いる場合、基本の式は「調整前価格-調整対象×(1-β)」です。
ただし、原価計算方式の営業利益部分には別の係数θを用いる場合があり、古い収載品の補正や個別の特例も確認が必要です。
「有用性系加算がなければ薬価は動かない」と全品目に当てはめることはできません。
原価計算方式では営業利益に対応する部分が調整対象になり得ます。
また、H5区分の類似品目は、その品目自体の分析を行わず、比較薬に準じた価格調整を受ける取扱いがあります。
価格の下限は、必ずそこまで下げるという意味ではない
別表12では、通常の計算による価格が一定の下限を下回った場合に、その下限を適用します。
有用性系加算の加算対象外または加算率25%以下なら、原則として調整前価格から10%引き下げた額が下限です。
加算率が25%超100%未満の場合は、上限となる引下げ率を「10+(加算率-25)÷15」で求め、100%以上なら15%となります。
これらは別表12の取扱いです。
同表の定義する加算率を用い、引下げ後のICERに関する条件や個別の特例も確認します。
最も厳しいICER区分に入っても、すべての品目が引下げ上限に達するわけではありません。
薬価制度全体の位置づけは、2026年度薬価制度改革の解説にまとめています。
出典:厚生労働省「薬価算定の基準について」(2026年2月13日)別表12等(別表12の1、2(1)~(4))。

評価終了60品目の公表価格を再集計
第80回専門部会の費-2に掲載された「費用対効果評価終了品目」(2026年8月5日時点、35~39ページ)を再集計しました。
60品目には医療機器3品目が含まれるため、全件を薬価の統計とは呼べません。
また、将来の適用日が記載された品目も含みます。
| 集計対象 | 変更なし | 引下げ | 引上げ |
|---|---|---|---|
| 一覧全体60品目(医療機器3品目を含む) | 13品目 | 47品目 | 0品目 |
| 医療機器3品目を除く57品目(再生医療等製品を含む) | 12品目 | 45品目 | 0品目 |
一覧全体の引下げ47品目について、引下げ率の中央値は4.30%でした。
各規格で「(調整前価格-調整後価格)÷調整前価格×100」を計算し、複数規格の品目はその単純平均を1品目の値としています。
小数点以下第3位を四捨五入しました。
医療機器を除いた引下げ45品目でも、同じ方法による中央値は4.30%です。
これは掲載された対象品目の集計であり、販売額や処方量で重み付けした値ではありません。
医薬品全体の平均的な下落幅や、今後の個別品目の引下げ率を予測する数値としては使えません。
出典:同専門部会 費-2「今後の進め方(案)」と参考資料(一覧は2026年8月5日時点)(35~39ページ。本文中の件数と中央値は編集部による再集計)。
11月1日適用と記載された5品目を確認する
同一覧の39ページには、以下の5品目に2026年11月1日の適用日が記載されています。
表は確認に使う代表規格の抜粋です。
現在使用している規格、正式な告示や通知、メーカー案内、薬価マスターを適用前に照合してください。
| 品目 | 規格 | 調整前 | 調整後 | 引下げ率 |
|---|---|---|---|---|
| パキロビッドパック | 300 1シート | 12,538.60円 | 12,001.20円 | 4.29% |
| テッペーザ点滴静注用 | 500mg 1瓶 | 1,175,904円 | 1,111,100円 | 5.51% |
| アウィクリ注 フレックスタッチ | 300単位 1キット | 2,081円 | 2,074円 | 0.34% |
| トロデルビ点滴静注用 | 200mg 1瓶 | 187,195円 | 166,604円 | 11.00% |
| ダトロウェイ点滴静注用 | 100mg 1瓶 | 311,990円 | 277,672円 | 11.00% |
引下げ率は公表価格から計算しています。
この5品目だけが11月の薬価改定対象という意味ではありません。
また、ダトロウェイは一覧上H5区分であり、同品目そのものの費用対効果分析に基づく値と説明しないようにします。
元資料のアウィクリ700単位の脚注には、一覧の基準日より後の収載日と製品名の重複があり、記載内容を確定できませんでした。
このため本記事の価格表では300単位のみを取り上げています。
出典:同専門部会 費-2「今後の進め方(案)」と参考資料(一覧は2026年8月5日時点)(39ページ。700単位の脚注は追加確認が必要)。
制度ニュースを見つけた後は、公式資料の適用日まで確認して職場に共有します。
情報収集の入口を増やしたい場合は、m3.comの無料会員登録と情報収集の使い方も参考になります。
個別の薬価や通知は一次資料で確認してください。
薬局や病院で使う7項目の共有シート
以下は法定様式ではなく、編集部が提案する実務用の確認表です。
院内や薬局内の手順に合わせて、薬価改定の共有メモに転記できます。
| 項目 | 記録する内容 |
|---|---|
| 1.対象品目と規格 | 販売名/含量/包装・算定単位/採用品かどうか |
| 2.評価の前提 | 分析対象集団/比較対照技術/H5などの区分 |
| 3.評価結果と調整方法 | ICERの区分/配慮の有無/調整対象部分/特例 |
| 4.価格と適用日 | 調整前後の価格/適用日/根拠資料の日付とURL |
| 5.在庫と供給 | 在庫数/必要量/納品予定/供給制限の有無 |
| 6.システムと説明 | 薬価マスター更新予定/請求担当への共有/患者説明の担当 |
| 7.担当と再確認 | 確認者/確認日/追加通知の再確認日/未確認事項 |
在庫を確認するときは、価格差だけを理由に必要な発注を控えず、治療継続と供給状況を合わせて判断します。
薬価の差額が、そのまま仕入価格の差や損失額になるとは限りません。
窓口負担も保険給付や各種制度などで変わるため、薬価差だけから患者さんの負担額を断定しないようにします。
制度を読んで「何が変わるか」「誰がいつ確認するか」に整理する作業は、医薬品情報業務や薬局内の教育で使えます。
まずは採用品1品目について、根拠資料を添えた共有メモを作るところから始められます。
現行の取扱いと、検討中の制度変更を分ける
2026年9月30日の専門部会では、比較技術に対する健康アウトカム指標での改善が示されず、ICERの区分が「費用増加」となった分析対象集団について、価格調整範囲を見直す方向が示されました。
同日の費-1では具体的方法を次回以降に検討する案が示されており、提案された計算方法をすべての品目に適用済みと扱うことはできません。
2026年2月13日付の薬価算定基準には、同年4月以降に中医協総会へ費用対効果評価案が報告された品目について、別途定める通知の発出後に、その通知に従って改めて価格調整する旨も記載されています。
共有シートには、最初に確認した適用日と、その後の通知を確認した日を分けて残します。
本記事は10月2日に確認できた資料に基づきます。
9月30日の議論を踏まえた具体的方法の新たな通知の発出は、今回の確認範囲では確認できていません。
適用時点の最新情報は、中医協の費用対効果評価専門部会と公式通知で再確認してください。
出典:中医協第80回費用対効果評価専門部会 費-1(2026年9月30日)(2、5、13ページ)。
出典:厚生労働省「薬価算定の基準について」(2026年2月13日)別表12等(第4章 実施時期等)。
よくある質問
ICERの数値は非公表ですか?
中医協総会では区分と患者割合を公表する取扱いです。
一方、C2Hの報告書や学術論文等では、知的所有権等に配慮しながらICERの値なども公表することが通知に定められています。
加算がない薬なら、価格は変わりませんか?
算定方式によります。
原価計算方式の営業利益に対応する部分などが調整対象になる場合があるため、有用性系加算の有無だけでは判断できません。
区分が厳しい薬は使わないほうがよいのですか?
費用対効果評価の区分だけで、個々の患者さんへの適否は決まりません。
承認された効能や用法、電子添文、診療ガイドライン、患者さんの状態などを踏まえて判断します。
最初に何を確認すればよいですか?
自施設の採用品と規格を確認したうえで、評価対象集団、比較対照技術、調整前後価格、適用日を確認します。
自施設の規格と公表表の規格を取り違えないことが出発点です。
共有するときは価格の根拠と適用日を一緒に残す
ICERの区分を読めても、それだけでは薬価の変化は決まりません。
算定方式と例外を確認し、公表価格と適用日を採用品の規格に結び付けて、担当者へ共有します。
上の7項目を朝礼や医薬品情報の共有に使い、未確認事項と再確認日も一緒に残してください。
制度の説明と実際の運用を分けて記録しておくと、追加通知が出たときに見直す箇所を確認できます。
参考資料
- 厚生労働省「医薬品、医療機器及び再生医療等製品の費用対効果評価に関する取扱いについて」(2026年2月13日)
- 厚生労働省「薬価算定の基準について」(2026年2月13日)別表12等
- C2H「費用対効果評価の分析ガイドライン 2026年度版」
- 中医協第80回費用対効果評価専門部会 費-1(2026年9月30日)
- 同専門部会 費-2「今後の進め方(案)」と参考資料(一覧は2026年8月5日時点)
資料確認日:2026年10月2日。制度説明と編集部による計算、実務提案を区別して記載しています。


