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【薬剤師向け】抗がん剤の職業性曝露対策|HD分類・PPE・CSTD・在宅指導まで2026年版実務ガイド

抗がん剤を扱う薬剤師なら一度は気にしたことがあるはずです。「自分は本当に大丈夫なのか」「家族にも影響しないのか」と。

NIOSH(米国国立労働安全衛生研究所)は2024年12月に最新のハザーダスドラッグ(HD)リストを公表しました。国内でも、日本がん看護学会・日本臨床腫瘍学会・日本臨床腫瘍薬学会の3学会合同による「がん薬物療法における職業性曝露対策ガイドライン2019年版(第2版)」や、がん研有明病院のHD取り扱い指針 第4版が運用の柱になっています。経口抗がん剤の処方が在宅・薬局でも増えるなか、すべての薬剤師が知っておくべき内容です。

この記事では、HD(ハザーダスドラッグ)の最新分類から、調製・運搬・投与・廃棄・排泄物管理までを、病院・薬局・在宅の3場面で実務に落とし込んで整理します。

結論:HD取扱いは「分類の理解」と「場面別の手順」で守る

HDの曝露対策は、特別なことではありません。次の3つを守れば、現場のリスクは大きく下げられます。

  • HDの分類を理解する(NIOSH 2024年版・日本ガイドライン)
  • 場面ごとに必要なPPE(個人防護具)とCSTD(閉鎖式調製器具)を使う
  • 排泄物・廃棄物・残薬の管理を投与後48時間を目安に行う

とくに皮膚からの経皮吸収が最大の曝露ルートです。「触らない・浴びない・拡げない」を徹底することが、自分と家族と次の患者を守ります。

そもそもHD(ハザーダスドラッグ)とは何か

HDは、人体に有害な作用を及ぼす可能性がある薬剤の総称です。NIOSHは以下の6つの基準のうち1つ以上に該当する薬剤をHDと定義しています。

  1. 発がん性
  2. 催奇形性または他の発生毒性
  3. 生殖毒性
  4. 低用量での臓器毒性
  5. 遺伝毒性
  6. 上記の特性をもつ既存HDと類似の構造または毒性プロファイル

抗がん剤(細胞傷害性薬剤・分子標的薬・ホルモン療法薬の一部)が中心ですが、免疫抑制薬・抗ウイルス薬・ホルモン剤など非抗腫瘍薬も含まれます。

NIOSH 2024年版で分類が変わった

2024年12月のNIOSH更新で、分類が大きく整理されました。実務で混乱しやすいので、新旧を整理します。

区分 旧(NIOSH 2016/日本2019年版) 新(NIOSH 2024年版)
分類数 3グループ(Group 1〜3) 2テーブル(Table 1・Table 2)
Group/Table 1 抗腫瘍薬(MSHIあり) MSHIあり、または発がん性等を有する薬剤
Group/Table 2 非抗腫瘍薬で発がん性等あり NIOSH定義のHDで、MSHIが添付文書に明記されていない薬剤
Group 3 生殖毒性のみを持つ薬剤 廃止・統合
収載薬剤数 約200薬剤 236薬剤(25薬剤追加・7薬剤削除)

MSHI=Manufacturer’s Special Handling Information(添付文書に明記された特別取扱情報)。出典:NIOSH List of Hazardous Drugs in Healthcare Settings, 2024。

日本のガイドラインは2019年版が現行のため、現場では旧3グループ分類で運用されています。NIOSH 2024年版は今後の改訂に反映される見込みです。当面は旧分類で実務を回しつつ、新しい収載薬剤(特に分子標的薬や免疫抑制薬の追加分)に注意するのが現実的です。

曝露ルートを知る:最大のリスクは「皮膚」

抗がん剤の曝露は、注射剤の調製場面だけではありません。錠剤・カプセル剤の取扱い、患者の排泄物処理、運搬中の漏れ、リネンの洗濯まで、あらゆる場面で起こります。

図解1|抗がん剤の主な曝露ルート

① 皮膚(経皮吸収)

こぼれた液剤・粉末との接触。最も多い曝露ルート。

② 吸入

エアロゾル・粉塵。錠剤を割る・粉砕する場面で発生。

③ 経口

手指汚染→飲食物への移行。手洗い不徹底で起こる。

④ 粘膜

飛沫が目・口に侵入。ゴーグル未装着で起こりやすい。

⑤ 針刺し

投与時のリキャップ・抜針時。リキャップ禁止が原則。

とくに皮膚は、目に見える異常がなくても薬剤が透過する点が問題です。錠剤を素手で扱う・粉薬の調剤で素手で皿を拭く――こうした「日常の小さな素手作業」が積み重なります。

場面別のPPE一覧

PPE(Personal Protective Equipment)は、「どの場面で・どれを・どう着けるか」で守れる範囲が決まります。3学会合同の職業性曝露対策ガイドライン2019年版とがん研有明病院HD指針第4版を参考に整理します。

場面 手袋 ガウン マスク 眼・顔保護
注射剤調製 二重手袋(ASTM D6978適合ニトリル)/30分ごと交換 不浸透性・長袖カフ付き使い捨て N95 ゴーグル+フェイスシールド
投与 二重手袋(同上) 不浸透性ガウン サージカル(飛散リスク時はN95) ゴーグル
運搬 単手袋(運搬中破損時に備えて) 必要時のみ 不要 不要
経口剤調剤 単〜二重手袋(粉砕時は二重) 調製時は推奨 粉塵発生時はN95 粉塵発生時はゴーグル
排泄物処理 二重手袋 不浸透性ガウン サージカル 飛沫リスク時はゴーグル
こぼれ対応 二重手袋 不浸透性ガウン N95 ゴーグル+フェイスシールド

出典:日本がん看護学会・日本臨床腫瘍学会・日本臨床腫瘍薬学会「がん薬物療法における職業性曝露対策ガイドライン2019年版(第2版)」/がん研有明病院「HD取り扱い指針 第4版」を参考に作成。

ニトリル手袋を選ぶ理由は、ラテックスやビニールに比べて抗がん剤の透過性が低いためです。ASTM D6978は抗がん剤透過試験の規格で、これに適合した手袋を選びます。

場面別の取扱い手順

調製:BSC(生物学的安全キャビネット)+CSTD

注射剤の調製は、ISO Class 5の環境を保てるBSC(Class II 生物学的安全キャビネット。HD調製では排気を屋外に出す外部排気型が望ましい)またはアイソレータ内で行います。CSTD(閉鎖式調製器具)の使用は、薬剤のエアロゾル化と漏出を抑える目的で強く推奨されます。

代表的なCSTD製品にはPhaSeal、ChemoCLAVE、Equashield、ネオシールドなどがあります。施設の運用に合わせて選定します。

運搬:密閉容器+漏れ防止袋

調製済みの薬液は、密閉容器(フタ付きトレイなど)に入れ、さらに漏れ防止の二重袋で運搬します。エレベーター・院内移動の経路もあらかじめ決めておきます。

投与:CSTDコネクタとPPE

投与時もCSTDコネクタの使用が推奨されます。投与終了時のラインクランプ・廃棄までCSTDで密閉が保たれる製品が望ましいです。

廃棄:HD専用容器で焼却

HDで汚染された器材(注射器・輸液セット・PPE)は、HD専用と明示した密閉容器に分別し、感染性・医療廃棄物として焼却処分します。容器の色やマークは施設・自治体の規定に従います。

排泄物管理:投与後48時間が目安

細胞傷害性抗がん剤は、投与後の尿・便・嘔吐物・汗から薬剤が排泄されます。シクロホスファミドなど多くの薬剤は48時間が目安ですが、薬剤によって24〜72時間と幅があります。この期間は排泄物処理時にPPEを着用し、トイレは2回流す運用が推奨されます。

こぼれ時の対応:スピルキットを常備

こぼれ事故に備え、各部署にスピルキット(PPE・吸収材・廃棄袋・警告表示)を常備します。発見者は周囲を立入禁止にし、PPEを着用してから対応します。決して素手で拭かないことです。

CSTD(閉鎖式調製器具)の位置づけ

CSTDは、調製時の蒸気・エアロゾル・液漏れを物理的に遮断する器具です。USP <800>(米国薬局方)でも調製時の使用が推奨され、投与時にも推奨されます。

CSTDのメリットと限界

  • メリット:薬剤エアロゾル化の抑制/針刺し事故の低減/環境汚染の低減
  • 限界:PPEや手洗いを省略していい理由にはならない/製品ごとに接続規格が異なる
  • 使い分け:すべての細胞傷害性抗がん剤に推奨。分子標的薬・ホルモン薬は施設方針による

経口抗がん剤と薬局・在宅での実務

注射剤に比べて軽視されがちですが、経口抗がん剤も立派なHDです。錠剤の表面、PTPシート、患者の排泄物に薬剤が残存します。

薬局での経口抗がん剤の取扱い

  • 調剤時は単〜二重のニトリル手袋を着用する
  • 錠剤を素手で触らない。ピンセットや薬さじを使う
  • 粉砕・脱カプセル・一包化は原則避ける(曝露リスクと吸湿性の問題)
  • 粉砕が避けられない場合は、N95マスク・二重手袋・ガウン・ゴーグルを着用し、密閉袋内で処理する
  • 調剤後は調剤台を75%エタノールまたは次亜塩素酸ナトリウムで清拭する

経口抗がん剤は抗悪性腫瘍剤としてハイリスク薬に該当し、服薬指導では特定薬剤管理指導加算1の対象になります。副作用の説明とあわせて、家庭での曝露対策まで踏み込んでおきたいところです。なお、注射の抗がん剤を受けている患者では、連携充実加算を届け出た薬局で特定薬剤管理指導加算2が関わります(こちらは経口のみの患者は対象外です)。

在宅の患者・家族への指導

在宅で経口抗がん剤を服用する患者には、本人だけでなく家族にも曝露対策を説明します。

図解2|在宅指導の5つのポイント

  1. 服薬:服用前後に手洗い。錠剤を素手で触る場合も最小時間で
  2. PTP廃棄:服用後の空シートはジッパー付き袋に密閉し、可燃ごみへ
  3. 排泄物:投与後48時間はトイレを2回流す。便座・床のしぶき対策
  4. 洗濯:体液で汚染された衣類は分別洗濯。通常洗剤で2度洗い
  5. 残薬:飲み忘れ・中止時の残薬は薬局へ返却(家庭で廃棄しない)

在宅訪問の際に家族へ説明する場面が増えています。在宅患者訪問薬剤管理指導料の場面でも、HD服用中の患者宅では曝露対策の指導記録を残すと、薬学的介入の質を示せます。

よくある失敗と回避ポイント

現場で起こりがちなミスを整理します。

  • 素手で錠剤PTPを取り扱う → 経皮吸収のリスク。手袋を習慣化する
  • 粉砕指示を反射的に受ける → まず粉砕可否と曝露リスクを確認。粉砕・脱カプセル不可の薬剤と同等の慎重さが必要
  • PPEを途中で外す → 調製→運搬→投与の流れで、必要なPPEは場面ごとに変える。中途半端な脱着が逆に汚染を広げる
  • こぼれを「少量だから」と素手で拭く → スピルキット必須。ヒヤリハット報告の対象にして再発防止につなげる
  • 排泄物管理の指導を本人にだけする → 在宅では家族(介助者)への指導が必須

妊娠中・授乳中の薬剤師の対応

HDは生殖毒性をもつ薬剤が多く含まれます。妊娠中・妊娠の可能性がある・授乳中の薬剤師は、原則としてHDの調製・投与・排泄物処理から外れる運用が望ましいとされています。

同時に、男性薬剤師にもリスクはあります。配偶者妊娠を希望している期間は配慮対象です。施設として、当事者が自己申告しやすい体制を整えることが重要です。

まとめ:自分と家族と次の患者を守るために

HDの曝露対策は、知識だけでは現場が回りません。場面ごとの手順を体で覚え、PPEを着けることを習慣化することが鍵です。

  • NIOSH 2024年版でTable 1/2に分類が整理された。国内は当面2019年版運用
  • 最大の曝露ルートは皮膚。素手で触らないを徹底
  • 調製はBSC+CSTD+二重手袋(ASTM D6978適合)が標準
  • 経口抗がん剤も立派なHD。薬局・在宅でも対策必須
  • 排泄物管理は投与後48時間が目安。患者・家族へ指導

HD取扱いは薬剤師の現場実務の中でも、自分の身を守る数少ない領域です。ハイアラート薬の安全管理と並んで、現場の薬剤師が真っ先に身につけるべき安全管理スキルといえます。

薬剤師の最新情報インプットに

HD取扱いの分類更新やガイドライン改訂は、添付文書や学会・厚労省・PMDAから随時発表されます。日々の臨床情報を体系的に追うなら、医療従事者向け情報サイト「m3.com」が便利です。会員登録で添付文書改訂・改定情報・学会レポートが届きます。

登録方法と薬剤師向けのメリットは、こちらの記事で詳しくまとめています。

m3.com薬剤師会員のメリットと登録方法【完全ガイド】

参考情報

  • NIOSH「List of Hazardous Drugs in Healthcare Settings, 2024」(2024年12月公表)
  • 日本がん看護学会・日本臨床腫瘍学会・日本臨床腫瘍薬学会「がん薬物療法における職業性曝露対策ガイドライン2019年版(第2版)」(金原出版)
  • がん研有明病院「Hazardous Drugs(HD)の曝露対策に係る院内取り扱い指針 第4版」
  • 日本がん看護学会「見てわかる がん薬物療法における曝露対策 第2版」
  • USP <800> Hazardous Drugs — Handling in Healthcare Settings

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